注意事項

※素人の戯言なので観賞本数増えるごとに点数は微調しています。悪しからず。

2014年12月28日日曜日

映画『ブルージャスミン』75点


映画館で観たかったウディ・アレン作品をDVDにて観賞。

非常に皮肉に満ちたファッ●ンセレブなコント映画だった。


簡単に言うと、ケイト・ブランシェット演じるジャスミン(偽名)が
クソ詐欺師で大金持ちになった夫の金で贅沢三昧していたモノの、
結果旦那のクソ詐欺がバレて、一文無しに。


そんなセレブの虚勢と嘘にまみれた転落人生を描いたのがこの映画。


このジャスミン役でケイト・ブランシェットは
『ゼロ・グラビティ』のサンドラブロックらを押さえて
アカデミー賞主演女優賞を始め、
各映画賞の主演女優賞を総なめ。


でも映画を観れば、納得できる素晴らしすぎる「痛い女」を演じきっている。
一文無しなのにブランドに身を包み
ファーストクラスに乗る狂いっぱなしのジャスミン

















とにかく彼女に共感できるポイントは一つも無い。
破産しているのに虚勢を張ってブランド品に身を包み、
庶民的な妹を愚弄し、ブルーワーカー的な妹の彼氏も馬鹿にし、
金持ちが集まるパーティーで、無職のくせにインテリアデザイナーと嘘をつく。

とにかく中身が何もないクソみたいなセレブ崩れを演じるんだけど、
特に凄いのが、地の底まで落ちているのに「セレブ感」が抜けないこと。

これはケイトブランシェット天性の「王女感」から来るのだろうか。

実際彼女は2004年アビエイターでアメリカの大女優
キャサリン・ヘプバーンを演じ、アカデミー助演女優賞を受賞したり、
『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で、まさに王女中の王女
「エリザベス1世」を演じているわけで、















そんなことからウディアレンは彼女をこの映画に抜擢したんだろうか。

そのキャスティングが既に皮肉の始まりって感じだが、
ケイトブランシェットのジェットコースター的な演技だけで
90分見れる、つまり主演女優賞にふさわしいブラックコメディ映画でした。







2014年12月18日木曜日

映画『ゴーン・ガール』90点


2014年12月14日観賞。


個人的に最も好きな監督デヴィッド・フィンチャーの最新作。
これがもう、ひいき目無しに最高だった。本年度最高傑作!


お話としてはタイトル通り、妻がゴーンしてしまう話なんだけど、
何が最高かって、フィンチャーが本気を出したら、
こんな『世界トップレベルの不条理夫婦コント』 が成立してしまうんだ!
って所。

サスペンスだとか、ダイナマイト級のスリラーだとか、
色んな触れ込みはあるけど、これは立派なブラックコメディ!
怖すぎて、こんな人間どもが生きる世界はもはやコント。

ベン・アフレックの魂抜けた顔。これがコントの肝。


















しかもそれでいて、
ストーリーは観賞者の読みを裏切り続ける二転三転の
繰り返しでエンターテイメントとしても非常にレベルが高い。


主演のロザムンド・パイクは、こりゃもう間違いなくアカデミー賞とるな!
っていうほど、劇場騒然、夢に出てくるほど強烈なエイミー役を
怪演という言葉以外浮かばない見事な演じっぷり。
こんな良い女優だとはつゆ知らず。
その辺を見いだすところも流石フィンチャー。

「女は怖い」とかいうレベルの「怖さ」じゃ無い
コントとしか思えないレベルの「怖さ」なのだ
















フィンチャーと言えば『セブン』や『ファイトクラブ』といった、
好きな人は好きみたいな、かなりクセのある映画を作る人間って
イメージが世間的には強いけれども、
この映画はある意味一見フィンチャーらしからぬ、わかりやすい映画。


だけども一筋縄じゃ行かないのがさすがフィンチャーで、

「一組の夫婦」を通して、マスコミ、警察、庶民、そして結婚という、
人間誰しもが関わり、当事者となる事象、または人間そのものの
醜さを神目線で映画化し、遊んでいるようにさえ見えるこの作品。















それでいて目に見えた不快感は与えず、
劇場の観客からも割と大きな笑いが起こるほどの
本当のコントに仕立て上げた腕は一流としか言いようが無い。


何よりも、こんな話を「笑える」映画に仕立て上げた技術が最も凄い。
相当高度なテクニックだと思う。
まっちゃんにもこんなブラックコメディ撮って欲しいなぁ。


皆さんも年末年始、
劇場で一体となって笑って、驚いて、引いて、笑って、引いてみては?

2014年11月22日土曜日

映画『インターステラー』86点


2014年11月22日観賞。

8月の『GODZILLA ゴジラ』(55点)以来の劇場観賞作品。

この間、もちろん見に行きたい作品はたくさんあったが、
そうともいかない会社員の性で3ヶ月ぶりの劇場観賞となってしまった。


とはいえ、3ヶ月ぶりに会社員の性に抗ってまで観賞しようと心に決めた作品。
それはもちろんクリストファー・ノーラン作品だからであって、
それ以外の理由は見当たらない。


さて、そんな期待のノーランが手がけた最新作は、
「これぞノーラン!もうお腹いっぱいです!」という、
まさに彼のドヤ顔が目に浮かんで離れないほど彼の世界観、思想、
そしてSF映画はゼログラビティが最高だと思うなよお前ら、
最新の宇宙理論を使えば映画でこんな使い方が出来るんだぞ!
というテクニックとアイディアがこれでもか!と凝縮された169分だった。
ダークナイトが最高傑作だなんて言わせないぜ!
ってほどのドヤ顔が浮かぶ作品でした























言いたいことはたくさんありそうで無い映画なんだけど、
とりあえず感想を端的にまとめてみると

●相変わらずマシュー・マコノヒーは抜群

●『ゼロ・グラビティ』後のSF映画として圧倒的な独自性を放っている

●学者と一緒に隙の無い最新宇宙理論盛り込んでますよ感の凄さ

●と思ったら、エンディングに向けて急にメルヘンチックに

●地球と宇宙と過去未来とグチャグチャになりそうな構成をまとめる脚本力

●映像も凄いけど何よりも音楽が素晴らしい

●インセプション感

●結局「愛は時空を超える」

●正直ちょっと長い


こんな所でしょうか。
以上の点を、いくつか詳細に紐解いてみると・・・


俳優陣の分厚さは相当なモノで、予想外のタイミングで出てきた
マッドデイモンのウザさって言ったらこの上なかったけど、
何よりもMVPはマシュー・マコノヒー。
アン・ハサウェイはラストシーンの悲しげな顔がベストだった

















一瞬冷静になると「何やってんのコイツら?」的な映画になりかねない
ギリギリのラインをせめぎ合うこの映画は、彼の演技力無しには語れない。


また、『ゼロ・グラビティ』という映画界における
現代技術を結集したSF映画の登場によって、
「ゼロ・グラビティ前」・「ゼロ・グラビティ後」という基軸すら出来上がっている昨今、
同じSFモノでも全くもって似て非なる世界観、テーマ設定、物語を
169分作り上げた手腕はさすがと言わざるを得ない。


その独自性を支えるのは、インセプションなどにも色濃く反映される
「時空」「次元」などの物理学的、哲学的要素だ。
地味に良い味出してたジェシカ・チャスティン
『ゼロ・ダークサーティー』のあの人。


















実際、この映画には、理論物理学者のキップ・ソーンが
科学コンサルタント兼製作総指揮として参加しており、
嘘つかれたってどうせ我々には全く分かりませんし、
疑うつもりはありません的な、アインシュタイン顔負けの宇宙専門用語が飛び交う。


まぁ正直何が何だか雰囲気でしか分からないまま物語は進むのだけど、
それなりに説得力はあるし、「こっちの時空に行くと1時間が7年」とか、
別の銀河系へ!太陽系サヨナラ!とか、
今までのSFモノには無い要素で映画全体が構築されているので、
「あ~これはお決まりのこのパターンね」的な先読み着地点も無い。

そして中盤を過ぎた当たりから加速度的に物語は盛り上がりを見せ、
観賞者がトイレに行く隙を与えない。
恐ろしいほどリアルだった宇宙のどこかにある「水」のある惑星
実際はアイルランドらしい















その隙の無い引き込まれる演出の核は映像では無く、音楽にある。
それを手がけたのは『バットマン』三部作も担当したハンス・ジマー。

特筆すべきは「無音」の散りばめ方だ。
『ゼログラビティ』でも「無音」の演出方法はあったが、
この映画の無音の使い方は、
圧倒的な緊張感と独特の世界観を形成していて、観賞者の心を奪う。


そんな隙の無い大作は、大作と呼ぶにふさわしく、様々な顔を見せる。

ガチガチに理論武装しているかと思いきや、
終盤にかけて急速にメルヘンチックなお話にオチが向かっていくのだ。

ネタバレになるので詳細は避けるが、
一言で言えば「愛は時空を超える」。それに尽きる。
親子愛は人類愛を超える。そして時空も超える。
















ここら辺が賛否両論別れるところだと思うが、
ロジックで攻めに攻めに攻めてきたくせに急に情緒で攻めてきたなノーラン!
っていうツンデレ的な効果で評価するか、急に説得力無くなったよ!と
突き放してしまうか、難しいところ。


個人的な意見では後者に近いのだけれど、
これはあくまでもフィクションという名の「映画」だし、
「映画」は、エンターテイメントという要素が評価基準として欠かせないモノだと
思っているので、そういう意味でメルヘンチックなエンディングも
作品トータルで見たときに金太郎アメ的な総合力を上げる要素として加点した。


監督、役者、脚本、映像、編集、全てにおいてオリジナリティ、エンタメ性など
高いレベルで散りばめられていると言うことで、
現状2014年度ベストの得点を獲得した作品となった。
※ちなみに現状2位は『ディス・コネクト』(85点)

ただ、この映画はわりとクセが強いというか、
そもそも長いし、よくわかんないし、って要素が無くも無いので、
単純に映画を軽い気持ちで楽しみたいというカップル系にはお薦めしません。







2014年11月17日月曜日

映画『SOMEWHERE』77点



2010年のヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。
DVD観賞。

ソフィア・コッポラ監督自身の幼少時代の思い出から
着想を得た映画らしいが、秀作。
今回も終始洒落た演出を見せたコッポラ
















近作の『ブリングリング』(75点)より質が高い。

その所以は、
彼女の作品の真骨頂でもある「メタファー」が、
より高度に、かつ存分に発揮されている点。


特に印象深いシーンは、冒頭数分間、定点カメラで
主人公である売れっ子俳優が自家用車の高級スポーツカーで
ただひたすらに同じコースを回り続ける様子をおさめたシーン。

これがタダひたすらに長い。ホントに長い。

最初何のこっちゃと思うが、実はこのシーンこそ、この映画の神髄。















これは彼のルーティン化された退屈で空虚な日常を
メタファーを用いて表現したものだと思われるが、

その行き着く先は、エンディングにおける
メタファー的な彼のドライビングシーンで完成される。

ネタバレって程では無いが、コッポラのドヤ顔が目に浮かぶほど
オープニングとは美しく対照的なエンディングにご注目。



そしてこの映画の魅力をさらに高めているのが、
ダコタファニングの妹、エルファニング。可愛い。
そして抑圧された演技も素晴らしい。















そして何よりも、全く作風の違うタランティーノが
審査員長として絶賛して、金獅子賞を与えたらしくて逆に彼を見直した。

映画『ありえないほど近くて、ものすごくうるさい』78点





DVD観賞。良作。

オスカー役の子供が素人とは思えない愛すべき怪演。
サンドラブロック、トムハンクスというハリウッドを代表する
二大俳優の存在感すらも凌ぐ、彼だけでも見る価値のある映画だ。

そして彼の良さをさらに増長させる音楽が最高に良い。

個人的にはラストシーンが印象的。
オスカーが会った人達に手紙を書いて朗読するシーン。泣ける。

「何もないより失望した方がずっと良い」
こんなこと言える子供はもやは子供では無いけど、しびれる台詞でした。
観て損はしない、正に良作。

映画『サベイランス』50点



デビットリンチの娘の超不条理映画。DVDで観賞。

あらすじ
FBI捜査官のエリザベス(ジュリア・オーモンド)と
サム(ビル・プルマン)は、サンタフェの田舎町で起きた
連続殺人事件の捜査に乗り出す。
殺人現場に居合わせた3人の目撃者に事情聴取を開始するが、
3人の証言はそれぞれ微妙に食い違い、不可解な事件は謎を深めていく。
そんな中、思いもしなかった犯人像が浮かび上がってきて……。


ラストの展開は予想外で批判が多かったらしいけど、
僕は嫌いじゃ無いです。ただ圧倒的に不快ですけど。

しかしまぁ、「リンチの娘」というレッテル&高すぎるハードルを
超えていきたいという意思を映画で表現するには、
こういう脚本しか無いのかな、みたいな哀愁すら感じる。

2014年9月24日水曜日

映画『ドミノ』80点





2005年、トニー・スコット監督の作品。
実在した元モデルの女バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)、
ドミノ・ハーヴェイの自伝的映画。


これは、私的映画ベスト10に食い込む作品。
だが、万人には薦めない、そんな映画。
なぜ死んでしまったんだトニー・スコット。























始めから終わりまでカット割り細かすぎ、画面加工しすぎ、オシャレすぎで
画面に酔いそうになるっていうか、絶対に酔うけど、そんなの関係ない。

ここまで徹底してやりきってくれるのであれば逆に潔い。

そんな激しさは画面だけにとどまらず、
場面転換も激しすぎて脚本が圧倒的に雑に見えるし、
ストーリーもほとんど頭に入ってこないけど、やっぱりそんなの関係ない。


何よりもキーラ・ナイトレイが最高にクール。
一気に大好きな女優の一人になった。











トータルして客観的に見ればというか、
世間的な評価はすこぶる低いこの映画だが、
映像に携わる人間として人生に刻まれる映画になりました。

つまり編集のスタイリッシュさとキーラのクールさで+20点くらいの映画。

この映画のDVD片手に、
編集に臨むことを欲したくなった僕は迷わずAmazonで1クリック。

改めてトニースコット師匠に合掌。

2014年8月20日水曜日

映画『GODZILLA ゴジラ』55点


2014年8月20日観賞。


98年にローランド・エメリッヒによってリメイクされた
ただのトカゲ怪獣化した「ゴジラ」よりは、はるかに「ゴジラ」だったが、
個人的には全く持って評価しがたい映画だった。
これは誰が見てもゴジラでは無い
















小学生の頃から欠かさずに親と映画館に観に行くほど好きだったゴジラ。

実際に詳細なストーリーは覚えていないし、
なぜ好きか?と聞かれると、感覚的な「好き」という感情しか残っていない。

だけど、そんなおぼろげな記憶の中でも確実に脳裏に刻まれていたのが
「何かもの悲しい」、「人間のエゴが生んだ悲劇の怪獣」という印象だ。


それはやはり、ウルトラマンなどの特撮ヒーローが持つ「正義の味方」という
世界観とは一線を画す、「水爆大怪獣」という人類へのアンチテーゼとして
現れたゴジラという設定が強く印象付いていたと言うことだろう。


知らない人のために書いておくと、ゴジラの起源は以下の通りだ。

「南方の孤島・ラゴス島に生息し続けていた恐竜ゴジラザウルスが
ビキニ環礁の水爆実験で発生した放射性物質を浴び怪獣化した」



前置きが長くなったが、今回のハリウッド版ゴジラが圧倒的にダメなのが
この「世界観」を形成できていないという点だ。


たしかにゴジラファンだという監督ギャレス・エドワーズは、
原作のゴジラと遜色ない、現在のCG技術を駆使してむしろ
より洗練され迫力のあるゴジラを作り出してはいる。

スクリーンに現れたときは普通に興奮した













だが、小学生の自分ですら感じることが出来た
哀愁すら感じるゴジラの世界観はこの映画には存在しない。
単なるハリウッドお決まりパニックムービー化しているのだ。


陳腐な恋愛劇は全く持ってストーリーを補強するに至っていないし、
渡辺謙の立ち位置は終始意味不明だし、
相変わらずハリウッド映画の日本の描き方は辟易とするし、
あんな寺子屋みたいな家に我々は住んでいませんし、
一番大切なゴジラの戦闘シーンまでの振りが長すぎる割に意味を成してないし、
と、物語全体に評価の要素は見当たらない。


ただダメ出しばかりするのも気が滅入るので言っておくと、
やっぱりゴジラが放射熱線を吐き出す前に背中が光り始める時の
ワクワクドキドキ感は小学生の自分を思い出すことが出来た。
良い画像が無かった…残念











だけど、そんな醍醐味である戦闘シーンもやはり何か消化不良気味で、
同じく日本特撮ものをベースにした『パシフィック・リム(75点)』の方が
圧倒的に全てのバランスが整っている映画だった。


というわけで、全世界的に記録的なヒットをしている中で、
日本ではさほど興行収入が伸びていないのは、
「日本発」の社会風刺的世界観を踏襲し切れていないハリウッド大作への
「日本人なりの」抵抗の現れなのだろうか。




2014年7月27日日曜日

映画『her/世界でひとつの彼女』77点


2014年7月27日観賞。

鬼才スパイク・ジョーンズ最新作。

信者の多い監督だが、この作品の評価は軒並み高く、
批評家支持率は94%、平均点は10満点中8.5点、
さらにアカデミー賞5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞している。


というわけで、それなりにハードルを上げての観賞になったわけだが、
なるほど確かに、新たな「SF映画」の金字塔と言っても過言ではない、
スパイク・ジョーンズ炸裂の恋愛SF映画だった。


正直僕は特に好きでも嫌いでも無いスパイク・ジョーンズ作品だったが、
その完成度は中々のもの。


一見チープなSFになりかねない

近未来のロサンゼルスを舞台に、コンピューターの音声アシスタントに
心を抱いた男を描いたラブストーリー


という設定を、非常にレベルの高い細かな演出やCGを効果的に散りばめ、
色彩豊かで美しいセンスフルな映像世界を構築し、
PCの声はスカーレット・ヨハンソン。良い味出してた。

妙にリアルで饒舌な謎のキャラ。劇場の笑いを誘っていた。


































あたかもこんな近未来って目の前にもうあるんじゃ?
これは新たな非リアの恋愛形態を描いているかもしれない!と思わせるのは流石。


主人公を演じるホアキン・フェニックスが生きる現実世界には、
超美人の奥さんルーニー・マーラエイミー・アダムスがいるのに、
あまり登場しないが哀愁漂う存在感は流石。
でもなぜ離婚したのかよくわからず。

この見た目で39は驚く。

































見向きもせずに、人工知能を持ったコンピューターとの恋愛に明け暮れる。


愛する妻(ルーニー・マーラ)との離婚で傷つき、
孤独に耐えられないメンタル状況で、本来頼るべきは、
エイミー・アダムスが演じた「友人」であったり、「家族」であったり、
そういった自分以外の他者=人間である。

そんなことは、人類誕生以来、疑いすらもしない、もはや「事実」と
呼ぶことすら憚られる自明の真実であったはずだが、
もはや時代はその常識を覆す時代に近づきつつあるのだ。
と思わせるに充分な世界観を構築するスパイク・ジョーンズ。


自分の傷を癒やすのは、生身の「人間」でなくても成立してしまう。
それが人工知能OSサマンサだ。

傷ついた主人公は、サマンサに出会ってから、
右耳にイヤホンを付け、目の前には「実体」が見えない相手に対し、
「人間」には見せない喜怒哀楽を見せ始める。

サマンサとの会話に幸せそうな笑顔














それらのシーンを見させられ、本来感じるべきは、

街中でスマホを耳にかざさずに、イヤホンしながら楽しそうに
会話する人を見るときに感じる多少の気持ち悪さを十倍くらいにした
気持ち悪さのはずなんだけども、この映画にそれほどの気持ち悪さは無い。


なぜなら彼はとても幸せそうだからだ。
生身の人間とふれあうよりもずっと。
生身の人間とセックスするよりも数十倍気持ちの入ったセックスをするのだ。
相手は声だけなのに。


少し話を脱線させるが、スパイクジョーンズの前妻ソフィア・コッポラが、
旦那と一緒に来た東京で置き去りにされた体験をもとに
『「ロスト・イン・トランスレーション』を撮ったと言われている。
この映画の主人公がスカヨハであるのも暗喩的























ロストイントランスレーションが、
スパイクジョーンズによって孤独を感じさせられた
ソフィアコッポラの気持ちを描いた映画だとすれば、
『her』は、スパイクジョーンズの心模様を代弁させた映画にさえ見えてくる。


そんな主人公がこの映画の最後に辿り着く場所は…映画を観て確認して欲しいが、
幸せ全快に見えていたOSとの恋愛が映し出す恋愛は、
果たして本当に「幸せ」なのか?
未来における人間の「恋愛」として成立すべきなのか?

そんなことを考えさせられる秀作でした。


ただ、声だけのセックスシーンと、
「声」を利用してこんな方法のセックスがあるんだ!
って思わせるシーンが無駄に長い感じは、
スパイク・ジョーンズの鬼才変態っぷりを感じるに十分な尺でした。


2014年7月6日日曜日

映画『グランド・ブダペスト・ホテル』77点


2014年7月6日鑑賞。


「天才」「もう一人のアンダーソン」ウェス・アンダーソン監督作品。


確かに、この人にしか撮れない映画という作品。
何か美しい絵画を美しい美術館で何枚か見せられたような、
そんなファンタジックでアートな映画。

つまり、逆に言えばこの映画は、アートとして、美術として見る映画であって、
観賞後に何か心にずっしりくるだとか、考えさせられたりとか、そういう映画ではない。

随所に可憐な色使いが散りばめられた幻想的な世界観はとても美しい。
















色遣いのセンスは抜群。勉強になります。














また、ミステリー映画としても非常にコンパクトにまとまっていて、
映像美とともに最後まで飽きずに観ることができる。


さらに随所に織り込まれるコントチックな笑いも小気味いい。
だが、映画館全体も笑いに包まれているのを見ていて、
この類の笑いを作り出す技術や洗練度合いでいうと、
「日本のコント」というのは、やはり一つ別の次元に来ていると思った。

個人的な話になってしまうが、自分がこの業界に入る絶対的な要因となっている
「ごっつええ感じ」のコント
(以下、大好きな「しょうた!」今のテレビでは絶対に放送できない…)や、



ウッチャンやさまぁ~ずやバナナマンや、一線で活躍する芸人が織りなす
「コント」はもはや、欧米の映画が繰り出す「コント的笑い」の質を
当の昔に飛び越え、その1つも2つも上の笑いを提供している。
(以下、バナナマンの最高傑作ともいえるコント)



だから、何が言いたいかというと、
そういう人たちにそんな映画を撮ってほしいということだ。

そんな結論でこの映画のレビューを終えたい。


2014年7月4日金曜日

映画『オール・ユー・ニード・イズ・キル』73点


2014年7月4日鑑賞。

予想以上に面白かった。


評価すべきは「何度も死んで何度も人生リセット」という、
一見新しさの見当たらないフィクション的設定を

ダグ・リーマン監督が「さすがボーン・アイデンティティーを作り上げた男!」

と思わせるハイテンポな編集と映像で作り上げた点だ。


それにあいまって、
膨大な出演作の中から「完全な駄作」を見つける方が困難な男トムクルーズが
ヘナチョコ男からループを繰り返すことで、完全無欠のヒーローに成り上がる様も
非常に爽快で、アクションシーン、戦闘シーンも非常に見ごたえがある。

この人の動きの切れは衰えることを知らない















さらに、『プラダを着た悪魔』とは見違えるように「強い女」と化した

エミリー・ブラントも肉体を見事に鍛え上げ、

さらに悲しげなヒロインとしても非常にうまく演じきっている。

このシーンが一番美しい。監督も絶対そう思って撮ってる。














それによって、そこに大した感動はないが、
シンプルな恋愛ストーリーとしても楽しめて、映画の奥行きを助けている


「ギタイ」は想像以上に気持ち悪いエイリアンで、
エンディングは予想通り過ぎるスーパーヒーロー的結末ではあったが、
「ループもの」に陥りがちなテンポの喪失と、
妙な思想的、哲学的演出に陥ることなく、
エンタメ映画としてしっかり完成された、夏休み映画にふさわしい爽快な一本であった。

2014年6月29日日曜日

映画『渇き。』75点


2014年6月29日観賞。


久しぶりに邦画を映画館で観た。
なぜなら中島哲也はとても好きな監督だし、
告白』は私的邦画ベスト5に食い込む作品だから。


というわけで割と高い期待感を持ちながらの観賞。
ある程度の覚悟はしていたが、これでR-15?
ウルフ・オブ・ウォールストリート』がR-18ならこれも間違いなくR-18じゃね?
と疑いたくなるほどのエロ・グロ・血・ドラッグ祭り。
カップルで見に行くのであれば、彼女側の趣向をしっかり確認してから行くべき映画。


さて、肝心の中身であるが非常に評価の難しい映画だと思う。

キャッチコピーに

「あなたの理性をぶっ飛ばす劇薬エンターテイメント」

とあるように、

『告白』よりも映画としてのエンターテイメント性とアート性を高めて来たという印象。


中島哲也の映画は毎回非常に美しい映像編集と
アニメーションなどを織り交ぜたアーティスティックな映像美が印象的だが、
『渇き。』はそんな個性がここぞとばかりに爆発している。


だから見終わった後に、何かを深く考えさせられるというよりも、
シーンや画が断片的に切り取られ、観賞後、生々しく思い出される。
論理的にでは無く、感覚的に鋭く脳に刻み込まれるような映画なのだ。



だから別に主義主張や論理的に解釈する必要な映画では無いとわかりつつも、
それでも少し考えてみたくなったので書いてみる。



監督の中島哲也が『渇き。』で『告白』と共通して描きたかったのは
「親子愛が圧倒的に欠落した親子の行く末」であって、
愛が渇き切った登場人物はもはや絶対的に再生不可能で、揃いも揃って破滅に向かう。
今回の主人公である「親子愛が欠落した親子」
















その破滅振りは、主人公親子を中心に描かれる。

自らの親としての娘への愛が圧倒的に欠落した故に娘は壊れる。
アル中でDVの親父から愛を感じることが出来ない娘は
その愛を「『渇』望」し、探し求める末に、
「他人の愛」を悪魔的にもてあそぶモンスターに。
中島哲也がオーディションで一目見て「加奈子だ」と
思ったという小松菜奈。確かに完璧だった。


















そんな娘に徹底的に破壊された父親は最後に、

「(娘を)ちゃんと(俺が)ぶっ殺す」

と言う。


もはや何もかもが取り返しがつかなくなり、
しかし、その地獄のような現実の源泉には、
「父親としての娘への愛の欠落」があったことに気がつくものの、時既に遅し。


今はもう「自らの手でちゃんと殺す」しか、
渇ききった「親子愛」を表現する術が無い深い絶望がそこにある。


『告白』同様に、親子愛の欠落は絶対に取り返しがつかないもので、
地獄絵図を生み出す源泉となる、そんな教育テレビ的教訓が
この映画には痛いほど詰まっている。

とか何とか言ってみるが、
大好きな二階堂ふみはさすがの演技力で見事にビッチに変身していたし、
登場シーンはさほど長くないもののさすがの存在感






















妻夫木も不気味すぎる刑事役にしっかりはまっていた。
ある意味一番怖い悪徳刑事

















というわけで総じて面白く観れた映画だったわけだが、
無駄に気になってしまったことを最後に記しておこう。


冒頭のスタッフクレジットはタランティーノのオマージュ、
中盤のイケイケクラブシーンはスプリングブレイカーズのオマージュなのか。


だが個人的にはやはり、いくら映像がスタイリッシュで
小松菜奈が可愛くても、日本人が踊り狂う様子は
外国人がビーチで踊り狂う映像よりもセンスフルには見えてこず、
スプリングブレイカーズの方がはるかに突き抜けて秀逸だったことは言うまでもない。


2014年5月31日土曜日

映画『ディス/コネクト』85点


2014年5月25日観賞。


これは現代社会をリアルに描き出した非常に優れた作品。
映画館じゃなくても良いから、あらゆる人に観て欲しい。


ベネチア映画祭では、
10分間にわたるスタンディングオベーションを受けたことも納得。



yahoo映画にある簡単なあらすじ

ソーシャルネットワーク上で起きた事件を引き金に、
大切な相手との関係を修復しようと努力する人々の姿を描き出す。


『マグノリア』・『クラッシュ』以来の群像劇傑作みたいな
ふれこみがされていた今作だが、
エンディングに向かって全ての物語が回収されていく様は
非常に美しく、そのハードルもしっかりと超えてくる。


そして何よりもこの映画の優れた点は、
現代社会においてもはや避けて通ることが出来ない
「ネット」で「つながる」=「コネクト」人々を
通り一辺倒の視点では無く、様々な人物を用いて描ききっている点。


例えば、Facebook。

『ディス/コネクト』では高校生を題材にして、
今や全世界13億人が利用していると言われるFacebookの闇を描き出す。

やんちゃボーイズ的な高校生の二人組。
やんちゃがパパにバレてシャレにならない状況に追い込まれた二人
















この二人組がFacebookに、美人でビッチ気味な
女子高生の「なりすましアカウント」を作成し、
いかにも女子に疎そうな内気な少年を引っかける。
学校でほぼしゃべらないヘッドホンが友達
















そして内気な少年は見事に引っかかり、
これまた現代社会では芸能人すらもその餌食となる
お恥ずかしい「自撮り写真」を、やんちゃボーイズ管理の
ビッチ女子高生アカウントに送ってしまい学校中にばらまかれてしまう。

もちろんその「ばらまき」はビラを配るのでは無く、
「SNS上」で爆発的に拡散するのだ。
その結果、内気な少年は…

その他にも、私たちが一度は「コネクト」してしまったことがある、
ネット上にはびこる様々な誘惑が様々な人間を通して描かれる。


Twitter、チャット、遠隔操作、ネット詐欺、児童ポルノ、スマホ依存症…






















何の気なしに、または「心の隙間」を埋めるために、
一度「コネクト」してしまったが故に、歯車が少しずつ狂い始め、
やがて崩壊していく…そんな様を非常にリアルに描き出している。

さらにこの映画が素晴らしいのは、
単純に「ネットは危険だ!最悪だ!」という、
批判めいた主張のみで映画を終わらせていない点だ。

その描き方についてはネタバレになってしまう点も出てくるので、
是非劇場で確認してみて欲しい。


そして何よりも印象的だったのが、
報道局の敏腕レポーターとして活躍する女性記者ニーナ。













こいつが本当に絵に描いたような人間くさすぎる人間で、
出世のためなら平気で上司と寝るし、超勝ち気。

そして児童ポルノの特ダネをとるため、
巨大児童ポルノ組織のサイトにアクセス=コネクトし、
利用されている一人の少年との接触を図る。

取材のため、自分の特ダネのため、
彼に上手く近づき、手なずけ、結果的に彼女は
CNNで特集を組まれるほどの取材VTRを完成させ、名声を得る。

が、調子に乗ったのか、これを機に変な人間くささが顔を見せ、
「少年を助けてあげたい」という浅はかすぎる偽善心を持ち始める。
偽善の結果がこれ。自宅に招いていちゃつく始末。















これは報道機関に勤める人間として
決して踏み越えてはいけない一線で、
本当に「彼を助けたい」のであれば、
その悪しき組織の殲滅を図るため警察に捜査を促す
記者としての腕の見せ所であるし、
それでこそ、結果的に彼を救うことが明らかなのに、
「彼を裏切ることになる」とかほざいて、FBIへの協力を拒む。

そんな「プロ失格の私情」で彼と「コネクト」した彼女の結末は…


ネット上で「コネクト」した彼と、
現実社会でも物理的に「コネクト」した彼女。


顔の見えない、正体の分からないネットで交流することなど
真のコミュニケーションとは言えない!
と、一見主張するように見えるこの映画の真骨頂はここにもあり、

Face to Faceで直接「コネクト」しても、
それに向かう気持ちが偽善であったり、中途半端なものであれば、
結局は何もつながることは出来ず、破綻する。
そしてその破綻によって起きる傷の深さもより深くなってしまう。


あなたは、何と、どう、コネクトしているだろうか?
この映画を観て見つめ直してみるのも良いかもしれない。


2014年5月23日金曜日

映画『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』55点


2014年5月23日観賞。


『ダークナイト』以来の傑作アメコミ映画
みたいな触れ込みだったので、観に行ってみた。


しかし、そんなハードルは超えることが出来ず。


そもそもキャプテンアメリカに思い入れゼロの自分が
前のシリーズを復習することも無く観に行くことが不正解の始まりで、

「キャプテンアメリカ」って名前そのものを
何の抵抗もなく受け入れることすら僕には難しい!
だって日本でいうならば「日本主将!」みたいなことでしょ?
それはいくら何でも痛すぎませんか?
やっぱりこの人、冷静に観たらおかしくない?


















でもそれが逆にアメリカらしい、
正にアメリカのスーパーヒーローなのだ!
と理解すべきなのか?みたいな葛藤を持ちながら観賞する私は失格。


いや、フォローするならば、アクションシーンは素晴らしいし、
お腹いっぱいで吐きそうだった『マン・オブ・スティール(65点)』と
比べれば、小気味よく、切れ味も迫力もあった。


だけど、そんなことより「スカヨハちゃん大人になったなぁ」
圧倒的に美しいけど、この映画で観たい人では無い














って事の方が印象に残る程度の映画で、

渋谷TOHOシネマズ帰りによって巻き込まれた終電満員具合の
辟易感をぬぐいきれるほどの作品ではありませんでしたよキャプテン!

2014年5月4日日曜日

映画『プリズナーズ』80点


2014年5月4日観賞。

153分あるが最後まで緊張感を保ち飽きずに見れる。


話としては単純で、自分の娘を誘拐された父親が
なかなか犯人にたどり着けない警察に苛つき、
自ら犯人捜しを始め、自分の解釈で犯人にたどり着き、
拷問し、自白を強要する…みたいな話。


FBIの統計によると、全米で1年間に行方不明になる児童は
何と80万人にも上り、それは1分の間に1.5人が誘拐されている
ことになるらしい。

ということから、この映画の売り文句は、

「もし自分に同じことが起こったらどうする?」
「ひと事じゃない」

みたいな方向性になってくるんだけど、
映画中盤くらいで、その投げかけに対する明確な答えが
スクリーンから迸り始める。


今や良いオジサン代表みたいな立ち位置になりつつある
ヒュージャックマン演じる娘を誘拐された父親は、















わりと早い段階で我を失い、理性を失い、倫理観を失う。
つまり見た目からして圧倒的に犯人面のポール・ダノ演じるアレックスを
ゼアウィルビーブラッドでも存在感抜群













無茶苦茶な拷問にかけて自白させようとするんだけど、
全く持って上手くいかない。

もしかしたら犯人じゃ無いのかも…
いや、絶対に犯人だ!と強く自分に言い聞かせるがごとく、
がちがちのクリスチャンでもある父親は、ことあるごとに神に祈る。

と、同時にこのあたりから頑張ってた親父ジャックマンに
全く持って感情移入出来なくなってくる。
なぜなら無実かもしれない、でも見た目は完全に犯人の
アレックスをあまりにもボコボコにしまくるからだ。

で、そんなことはつゆ知らず、犯人を冷静に追い続けているのが
ギレンホール演じるロキ刑事。
終始もの悲しい顔なのにイケメン























あまり詳細に書くとネタバレになるが、
いくら自分の娘が誘拐されたからといって、
証拠も無く犯人を捕らえたつもりになり、
しかもそいつをぶん殴って自白を強要するということは
現在の法治国家において許される行為では無く、
警察の捜査に委ねることがとるべき行動なのである。


とでも言いたいかのように、ロキ刑事は苦戦しながらも
じわじわと真犯人に近づいていく。
暴走に歯止めがきかなくなったパパジャックマンとは対照的に。


で、観賞中も気になっていたのだが、
この刑事は明らかに変な柄の入った指輪をしている。
で、しかもそれが印象に残るような画を挿入してくる。













気になって調べてみたら、
この指輪の柄は「フリーメーソン」のロゴなんだとか。

不勉強で情けないけれども、
これはつまりキリスト教と対を成す意味の象徴で、
彼が冒頭の登場シーンでキリスト教的では無い「干支」について
話していることからも、「キリスト教徒ではない者」の象徴として
この映画に位置づけられていることが分かる。


ってことからわかるように、この映画はアメリカを語る上では
絶対に外すことが出来ない「キリスト教」に関する
ある程度の知識があると無いのとでは多少解釈が変わってくる。

もちろん、と言い切ると無知をさらすようで恥ずかしいけれども、
僕はそんな前知識無しに観てしまっているので、


例え我が娘が誘拐されて、自分の手の届く範囲に犯人がいたとしても
警察=政府に任せておくのが身のため=正解なんだよ!


みたいな「大きな政府最高!」映画だと解釈して観賞を終えてしまった。


だからこそ、最後に新犯人がこれら犯罪を企て、
実行に移した理由がよくわからないままにエンディングに突入し、
映画館全体が若干どよめいたほどの一見「納得いかない」エンディングを
「納得いかない」空気に同調して席を立つことになってしまった。


でも家に帰って冷静になってみると、
結局先に真実に辿り着いたのは「神」を信じたパパジャックマンで、
彼は過ちを犯したものの、結局生きてこの映画を終えることが出来た。


信じる者は救われたのだ。


けれども結局神を信じたパパジャックマンも
アレックスを生死の縁をさまよわせるほどボコボコにしてるわけで、
彼は生き延びても投獄される。

神を信じる者も信じない者も、結局何かに「囚われる」。
この映画に出てくる全ての登場人物達が「囚われている」のだ。
ある者は「神」に、ある者は「自分が信じる正義」に。

そんな二重三重にも様々な要素が入り乱れた評価の難しい映画。


でも何度も言いますが、153分、最後まで見応えあります。


2014年4月28日月曜日

映画『アナと雪の女王』60点



2014年4月27日観賞。


ディズニー映画って映画館で観ることほとんどなかったけど、
これだけ大ヒットしてたら観なきゃってことで字幕版を観賞。


伊集院光氏が「毒にも薬にもならない映画」と評して
賛否両論渦巻いていたけども、
個人的には、その表現に大きく頷ける。


圧倒的にいい映画でも無いし、圧倒的にダメな映画でも無いし、
かといって「超大ヒット映画」というハードルを、
しっかりと越えてきたわけでもないし、全く越えられなかったわけでも無い。
良くも悪くも無い。

というか、そもそもこの類いの映画には否定する要素が見当たらない。
そりゃそうだ、夢と希望のディズニー映画なんだから。


ってことでやっぱり「毒にも薬にもならない」は、正しい表現。


この映画を大絶賛する人も信じられないけど、
完全否定する人も信じられない、そんな映画。


とはいえ、評判通り歌は素晴らしかったし、
思わず帰宅してからサントラを何曲かダウンロードしてしまったけど、


個人的なこの映画のハイライトはそこではない。














むかつく王子を正面からストレートパンチでぶん殴るという
ディズニー史上最もパワフルなヒロイン主人公の誕生は、
まさに現代社会における女性のあり方を物語っていて、
主題歌よりも圧倒的に印象的だった。


そしてただ一つだけ批判に近いことを申し上げるならば、
公式HPにもある~「真実の愛」を描いた~は納得いかない。

真実の愛は『ブルーバレンタイン』のように残酷なのだ。

2014年4月24日木曜日

映画『LIFE!』60点


2014年4月23日観賞。



「この映画の主役は、あなたです」

というキャッチコピーのこの映画。


出版社に勤める妄想癖のある冴えない主人公サラリーマンが
表紙を飾るはずのネガを無くしてしまい大ピンチに。
ネガを探すため、写真家のショーンを探す旅に出るというお話。


要するに、「普通の男」が勇気を出して一歩踏み出し、
その勇気によって充実した人生を送ることが出来るという話。


という啓発系のポジティブ映画であることから、わりと評判も高く、
期待してみてみたけど、個人的にはあまりハマりませんでした。


もちろんストーリーそのものは特に否定する要素はない良い話だし、
映像も綺麗だし、音楽も非常にマッチしていて悪い映画とは思わない。










だけど逆に言ってしまえば、それだけ。


「それだけ」っていうのはつまり、主人公に特に感情移入が出来なかった。
僕はこの映画の主役には、なれなかったわけだ。


なぜなれなかったのか少し考えてみたんだけど、
偏重気味のフィクション的な見方になってしまうが、
この映画の主人公が最初から特に不幸に見えなかったからだと思う。


フィクションの定石として、
徹底的に不幸で、ダメで、周囲からもののしられたり、
追い込まれたりする主人公が、何かをキッカケにして激変して、
馬鹿にしてきた奴らをなぎ倒していくという構成がある。


人間っていうのは単純で、この定石を様々な物語に置き換えた
フィクションにカタルシスを覚えるわけだが、
この映画は、そのカタルシスが緩い。というか弱い。


さほど不幸では無い「普通」の男(そもそも普通って何?って話だけど)が、
勇気を出して冒険に行くと、急にスーパーマン的に事が進んでいく。

この「普通」から「スーパーマン」への振り幅が
大きければ大きいほど人は興奮したり、よし!いいぞ!やってやれ!
と感情移入すると思うんだけど、この映画にはその半沢直樹的要素が無い。


だから僕は劇場で終始、
「そこそこ美しい絵画を何枚か観ている」程度の感情起伏しか起きなかった。

「そんな自分は素直じゃないんですかね?」なんて自問自答しながら。





2014年4月18日金曜日

映画『ローン・サバイバー』78点


2014年4月17日観賞。


久しぶりに一人映画したけど、良い映画だった。
先に言ってしまえば、この映画の中核となる戦闘シーンは、
『プライベートライアン』のそれに匹敵する
戦争映画史に残るハイレベルな緊迫と絶望を
完璧に表現しきった映像美だった。



さて、そんなローン・サバイバーだがWikiによれば・・・

アメリカが誇る精鋭特殊部隊ネイビー・シールズによる
アフガニスタンにおけるターリバーン指導者暗殺作戦中に起きた、
ネイビー・シールズ史上最大の悲劇といわれるレッド・ウィング作戦を、
実際に作戦に参加し、ただ一人奇跡の生還を果たした
元隊員マーカス・ラトレルの手記
『アフガン、たった一人の生還』を原作に映画化。



ネイビーシールズと言えば、つい最近DVD化もされた
キャプテン・フィリップス(82点)』でも大活躍した
超最強精鋭部隊である。


なにがどう超精鋭かというと、
訓練期間中に85%が脱落するという過酷な訓練を乗り越えた
まさに「最強」という言葉がふさわしい男達の集まりなのだ。

ちなみにその「過酷」っぷりは映画冒頭で
実際の映像を交えて紹介されていて、一番引いたのは
両手両足を縛られたままプールに突き落とされる訓練。

もはや訓練なのか拷問なのか意味不明だが、
そんな地獄のような試練を乗り越えた精鋭部隊。
ラストで実際の4人の写真が出てくるが、皆似ていた











ところがどっこい、最強の4人がタリバンにフルボッコにされる。
本当に為す術無く、徹底的に劣勢に追い込まれる。

血だらけで体中傷だらけでボロボロ













200対4なんだから、そりゃいくら最強だろうと
そうなるが自然の道理ってことなんだけど、
この映画の真骨頂がここに凝縮されている。

アクション映画お決まりの、

いくら敵が主人公に向けて銃を乱射しようとも
なぜお前には銃弾が1発も当たらないんだ?

ダイハードのマクレーン警部 この人は絶対に被弾しない

















ミスター不死身 ジャックバウワー
被弾はするけど絶対に急所は撃たれない

















そんなフィクション的甘えを一切許さないのが戦場。
というわけで最強の4人は被弾しまくる。
体中が穴だらけになる。
タリバンは容赦しない。
銃撃にとどまらず、バズーカ砲だって連発してくる。
殺しても殺しても出てくるタリバン











普段「どうせ死なないだろ」と安心してみていられる
アクション映画とは一線を画するノンフィクションが
そこにはあるわけで、彼らは「簡単に」被弾し、
あっという間に絶望的に追い込まれていく。

そして個人的にこの映画におけるベストシーンは、
追い詰められた4人が断崖絶壁の崖から飛び降りるシーン。

飛び降りるって言うか、もはや転げ落ちるだけなんだけど、
逃げ道がなさ過ぎて、選択肢が親ライオンが子ライオンを
崖から突き落とす的な崖から飛び降りるしか無いのだ。
なぜならタリバンは逃げても逃げても追ってくるから。

これだけの崖から落ちて逃げたら流石にもう追ってこないだろ
何て思っていたとたんにまたもや銃弾の雨あられが襲いかかる。
そんな絶望的状況がこれでもかというくらいにリアルに描かれながら
数十分以上続くのだから、緊張感は一切途切れることは無い。
そこにはアクション映画にある爽快感は全く存在しない。


そしてもう一つこの映画の重要なテーマ。
それはマイケル・サンデル顔負けの究極の選択的道徳授業。


何かというと、タリバンの幹部が潜んでいるとされる街を
雑木林の中から偵察していた四人だったが、
そこで運悪く地元の山羊飼いに遭遇してしまう。













四人は山羊飼いたちを縛り上げた後、彼らは悩む。
目の前にいる地元民をどうするべきか。
というわけで、上官に指示を仰ごうと無線を手にするが、
こういう時に限って通信状況が悪くて一切連絡は取れない。

さて、ここでどんな道徳の授業が開始されるかというと、


①罪なき地元民を解放
罪の無い人間を傷つけることは倫理的にも国際法的にも許されない
しかし解放すれば4人の存在をタリバンに通報する可能性大
つまり、自分たちの命が危険にさらされる危険性大


②地元民を縛り付けたまま放置
凍死したり狼に食われてしまうかもしれない=殺すことと同義

③地元民を殺害
結果的に自分たちの命を守るための「正当防衛」
しかし罪なき民を殺害した米軍は世界中から非難される


ここで4人がどんな結論を下したかは、
予告動画を見れば明らかであるが、
3つの選択肢、どれが正解だとか討論するつもりもないし、
道徳授業なんてクソ食らえだし、正解なんてどうだって良い。

そもそもこんな選択を強いられなければいけない状況が
現実世界に「実話」として存在し、結果的に相当数の人間が
この「選択」によって犠牲になっているという狂った現実がある。

そんな現実をこの映画はたたみかけるように教えてくれる。



そして、タリバンの圧倒的な破壊力の前に
「なぜ一人だけが生き残ることが出来たのか?」
















この答えは、意外すぎるというか、信じられないものであった。

映画を観ていて、「は?こんなのあり得ないでしょ!」と、
急にフィクションを見せられているような、
危うく完全に冷めてしまいそうになるくらいに「あり得ない」理由。

その理由はぜひ映画を観て確かめて欲しい。
しかし確かめたとしても、それでも信じがたいくらいに「あり得ない」
そのわけを池上彰氏がさすがの解説で紐解いてくれているので、
是非、観賞後に読んでみて欲しい。


そんな良い映画であることは間違いないのだが、
80点に及ばなかった理由は、
最後救出されるまでの流れが「あり得ない理由」抜きにしても
美しすぎるし、タイミングが良すぎるし、よく出来て良すぎるから。

あれも実話なら間違いなく80点超えだけど、
アメリカ軍のヘリが来るタイミングとか
絶対にフィクションでしかあり得ないタイミングだったから。
ノンフィクションだったら謝ります。